最終更新日:2008.03.24





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弦楽器トピックスvol.6−E.SARTORY

国内一般にはあまり知名度はないけれども、知る人ぞ知る名器についてご紹介します。
第6回はE.サルトリー(E.SARTORY)です。




Eugene Nicolas Sartory(1871-1946)は20世紀最高の弓製作者として有名です。彼の作品の特徴は美しい仕上げと卓越した性能にあります。スクリューやフロッグの構造改善など現代にも引き継がれている技術的業績でも有名です。評価は上がる一方で、今では19世紀の二大巨匠Dominique PeccatteやFrabcois Xavier Tourteに匹敵する高い評価を得ており、演奏家の間でも極めて高い人気があります。
Eugene Nicolas Sartoryは、1871年にフランスのMirecourt(ミルクール)で生まれました。ちなみに当時のフランスではパリとミルクールが弦楽器製作の中心地でした。父は弓製作者Joseph Eustache Sartoryです。弟Jean Baptiste Emile Sartoryも弓製作者になりましたが25歳で夭折しています。父親と弟の仕事についてはあまりわかっていません。
フランス18-19世紀弓製作者の相関図
フランス・ミルクール公式サイト(仏・英語)
彼は父親から短期間弓製作の手ほどきをうけた後、Charles Francois Peccatte(1850-1918)の工房で本格的な修行をするためにパリに出ました。Peccatte工房など複数の工房に出入りし修行しましたが、早期において仕事の手早さと確かさを認められました。パリに着いてまもなく、Joseph Alfred Lamy(1850-1919)の工房に移りました。Lamy工房での修行期間中、彼は偉大な師Lamyの教えに従うとともに、彼自身の作品創造につながる刺激を得ました。
1887年には若くしてブリュッセルのコンクールで金賞受賞し、1889年にパリで独立しました。まだ18歳でした。1894年にはリヨンのコンクールで金賞。1900年、パリの国際コンクールで第一位を得るなど数多くのコンクールで首位を取り続けました。
主な弟子にはJules Fetique(1875-1951)、Louis Joseph Morizot(1874-1957)、Louis Henri Gillet(1891-1970)がいます。


Joseph Alfred Lamy(1850-1919)
優れた製作者を複数輩出したLamy一族でも最も高く評価されています。ミルクールに生まれ、幼少時より弓製作の修行をしました。1876年頃、Francois Nicolas Voirin(1833-1885)の工房に入り、師匠Voirinの死後に独立。1889年頃にEugene Nicolas Sartoryが弟子入りしています。
Francois Nicolas VoirinはJean Baptiste Vuillaumeの従兄弟にあたり、Vuillaumeの工房で指導的役割を果たしていました。

Charles Francois Peccatte(1850-1918)
Francois Peccatte(1821-1855)は19世紀の弓製作の巨匠Dominique Peccatte(1810-1874)の弟です。父は弓製作において兄にひけをとらない才能を発揮し、兄の工房で共に製作活動を行いましたが34歳で夭折しました。そのため叔父Dominique Peccatteの影響を強く受け、兄弟の中でただ一人弓製作の道に入りました。

Dominique Peccatte(1810-1874)
Frabcois Xavier Tourte(1748-1835)と並ぶ19世紀の巨匠です。1810年、鬘職人の長男として生まれ12歳頃から美容師の修行を始めましたが、じきに弦楽器製作の興味を持つようになりました。1826年頃、当時のフランスで弦楽器ならびに弓製作で指導的な役割を担っていたJean Baptiste Vuillaume(1798-1875)の工房に入り、弓製作の修行を開始しました。弓製作の技術指導は同じ工房にいたJean Pierre Persoit(c1783-1854?)がVuillaumeより依頼されて行いました。1839年頃、Francois Lupot U世(1774-1838)の工房を継承しました。

バイオリン弓 EUGENE NICOLAS SARTORY c1910年 (弊社在庫品)
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